民法第1条・総則
民法第1条:基本原則(公共の福祉・信義則・権利濫用)
民法1000条余りの出発点にある3つの原則。私権は公共の福祉に適合すること、権利行使と義務履行は信義に従い誠実に行うこと、権利の濫用は許されないことを定めています。
レガちゃんパグ犬 / 見習い駅長
民法の一番はじめの条文って、「契約とは〜」みたいな定義から始まるんだと思ってた! ぜんぜん違うんだね。
ガレ博士フクロウ / 駅長補佐
ふむ。民法1条は、個別のルールではなくすべての条文に通じる構えを置いておるのじゃ。3つの項が、そのまま3つの原則になっておる。
条文の内容
民法1条は、3つの項からなります。
| 項 | 定めていること |
|---|---|
| 1項 | 私権私権所有権や債権のように、私人と私人との間で認められる権利のこと。国と国民の関係で問題になる公法上の権利と区別されます。用語ページを見る →は、公共の福祉公共の福祉社会全体に共通する利益のこと。民法1条1項は、私権もこれに適合しなければならないと定めています。用語ページを見る →に適合しなければならない |
| 2項 | 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない |
| 3項 | 権利の濫用は、これを許さない |
いずれも「〜という契約が成立する」といった具体的な効果を定めた条文ではありません。個別の条文をあてはめた結果が、あまりに座りの悪いものになるときに効いてくる、共通の歯止めです。
1項:私権は公共の福祉に適合しなければならない
私権私権所有権や債権のように、私人と私人との間で認められる権利のこと。国と国民の関係で問題になる公法上の権利と区別されます。用語ページを見る →とは、所有権や債権のように、私人と私人との間で認められる権利のことです。それが社会全体の利益と無関係に絶対視されるわけではない、という宣言が1項です。
2項:信義誠実の原則
権利を使う側も、義務を果たす側も、相手の信頼を裏切らないように誠実に——これが信義則信義則権利を使うときも義務を果たすときも、相手の信頼を裏切らないよう誠実に行動しなければならないという原則(民法1条2項)。「信義誠実の原則」の略です。用語ページを見る →です。条文の文言は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」。
レガちゃんパグ犬 / 見習い駅長
でも「誠実に」って、なんだかふわっとしてない? これで裁判ができるの?
ガレ博士フクロウ / 駅長補佐
よい疑問じゃ。じゃからこそ、裁判所がどんな場面で使ったのかを見るのが近道でのう。後で判例を2つ見てみようかの。
3項:権利の濫用は、これを許さない
権利の濫用権利の濫用形のうえでは権利の行使にあたるものの、社会的に許される限度を超えているため認められない行為のこと。民法1条3項は「これを許さない」と定めています。用語ページを見る →とは、形のうえでは確かに権利の行使なのに、社会的に許される限度を超えているために認められない行為のことです。3項は「これを許さない」と、きっぱり書き切っています。
判例で見る「信義則」と「権利の濫用」
条文の言葉だけでは輪郭がつかめません。裁判所ウェブサイトに掲載された裁判要旨から、2件を読んでみます。
信義則上の説明義務に違反したとき、契約上の責任は生じるか(最判平成23年4月22日)
契約の一方当事者が、契約の締結に先立って、信義則信義則権利を使うときも義務を果たすときも、相手の信頼を裏切らないよう誠実に行動しなければならないという原則(民法1条2項)。「信義誠実の原則」の略です。用語ページを見る →上の説明義務に違反し、契約を締結するかどうかの判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった——という事案です。
最高裁は、この場合、その当事者は、
- 相手方が契約を締結したことにより被った損害について、不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、
- 当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない
としました。
レガちゃんパグ犬 / 見習い駅長
賠償はしなきゃいけないかもしれないけど、「契約違反だから」ではない、ってこと?
ガレ博士フクロウ / 駅長補佐
そのとおりじゃ。説明義務違反があったのは契約が結ばれる前のこと。まだ存在しない契約の「債務の不履行」とは呼べぬ、という理屈じゃな。信義則が働く場面と、その責任の種類は別々に考えるのじゃよ。
撤去請求が権利の濫用にあたるとされた事例(最判平成25年4月9日)
繁華街の建物の地下1階を借りて店を営む人が、建物の所有者の承諾のもとで1階部分の外壁などに看板を設置していました。その後に建物を譲り受けた人が、賃借人に対して看板の撤去を求めた、という事案です。
最高裁は、次のような事情のもとでは、この撤去請求は権利の濫用権利の濫用形のうえでは権利の行使にあたるものの、社会的に許される限度を超えているため認められない行為のこと。民法1条3項は「これを許さない」と定めています。用語ページを見る →にあたるとしました。
- 看板等は店舗の営業の用に供され、建物の地下1階部分と社会通念上一体のものとして利用されてきた
- 看板等を撤去せざるを得ないと、通行人らに地下1階で営業していることを示す手段はほぼ失われ、営業の継続が著しく困難になる
- 看板等の設置が所有者の承諾を得たものであることを、譲受人は十分に知り得た
- 譲受人に設置箇所を利用する具体的な目的があることも、看板等の存在で建物の所有に具体的な支障が生じていることもうかがわれない
ガレ博士フクロウ / 駅長補佐
建物の所有者が、自分の建物についている物の撤去を求める——それ自体は正真正銘の権利行使じゃ。じゃが、失うものと得るもののつり合いがあまりに取れておらん。そこで3項が顔を出すのじゃな。
レガちゃんパグ犬 / 見習い駅長
「権利がある=必ず通る」じゃないんだ……。
学習上の位置づけ
1条は一般条項と呼ばれ、個別の条文で解決できる場面では出番がありません。まず適用すべき条文を探し、それでもなお結論が不当になるときの最後の受け皿、という順番で使います。
なお、民法1条3項は「権利の濫用は、これを許さない」と定めるだけで、濫用にあたる場合の効果(請求が認められないのか、損害賠償が生じるのかなど)は条文に書かれていません。個々の事案で裁判所が判断しています。
資格別の演習
民法は、私権は公共の福祉に適合しなければならないと定めているが、権利の行使については当事者の自由に委ねており、信義に従い誠実に行うべきことまでは定めていない。
解答・解説を見る
解答:×
誤りです。民法1条2項は「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と定めています。公共の福祉公共の福祉社会全体に共通する利益のこと。民法1条1項は、私権もこれに適合しなければならないと定めています。用語ページを見る →への適合(1項)と信義則信義則権利を使うときも義務を果たすときも、相手の信頼を裏切らないよう誠実に行動しなければならないという原則(民法1条2項)。「信義誠実の原則」の略です。用語ページを見る →(2項)は、いずれも条文上の原則です。
民法1条3項は権利の濫用を許さない旨を定めているが、同項は濫用にあたる場合にどのような効果が生じるかについては規定していない。
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解答:◯
正しい記述です。同項の文言は「権利の濫用は、これを許さない」のみで、効果は条文に書かれていません。判例は、事案ごとに、たとえば建物の譲受人による看板等の撤去請求が権利の濫用権利の濫用形のうえでは権利の行使にあたるものの、社会的に許される限度を超えているため認められない行為のこと。民法1条3項は「これを許さない」と定めています。用語ページを見る →にあたるとして請求を認めない、といった形で判断しています(最判平成25年4月9日)。
契約の一方当事者が、契約の締結に先立ち信義則上の説明義務に違反して、契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合、その当事者は、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負う。
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解答:×
誤りです。判例は、この場合、相手方が契約を締結したことにより被った損害につき不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別、当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないとしています(最判平成23年4月22日)。義務違反があったのは契約締結前であり、契約上の債務の不履行とは構成できないためです。
建物の地下1階部分を賃借して店舗を営む者が建物の所有者の承諾の下に1階部分の外壁等に看板等を設置していた場合において、建物の譲受人が賃借人に対して当該看板等の撤去を求めることが、権利の濫用にあたるとされた判例がある。
解答・解説を見る
解答:◯
正しい記述です。最判平成25年4月9日は、看板等が店舗と社会通念上一体のものとして利用されてきたこと、撤去により営業の継続が著しく困難となること、設置につき所有者の承諾があったことを譲受人が十分知り得たこと、譲受人側に具体的な支障や利用目的がうかがわれないことなどの事情のもとで、撤去請求が権利の濫用権利の濫用形のうえでは権利の行使にあたるものの、社会的に許される限度を超えているため認められない行為のこと。民法1条3項は「これを許さない」と定めています。用語ページを見る →にあたるとしました。
ガレ博士フクロウ / 駅長補佐
1条は、条文の海に出る前に渡される羅針盤じゃ。……ただし、羅針盤だけでは船は進まん。次からは、いよいよ具体的なルールに入っていくぞ。